一倉定 経営心得 その㊴   ハンコとギンコーは大丈夫か

一倉定 経営心得 その㊴     ハンコとギンコーは大丈夫か

一倉定 経営心得 その㊴

 

ハンコとギンコーは大丈夫か

 

対外的な支払いへの信用の儀式として支払い承認のハンコは社長自らが押すべしとのことである。しかしどうであろう。令和の総理、菅総理の改革に着手した3本柱の一つがハンコの撲滅である。

コロナ禍において、出社を強要する原因の一つがハンコであった。

ハンコだけは会社にしか置いてなく、必要とする人間のほうが動かなければならなかった。このハンコという文化、信用といわれているが、実際には実印という公共の認証を取っているものは一つだけで、そのほかのハンコは、どこまで意味があるものなのであろうか。確かに会社の実印と、銀行のハンコは照合されることがあるので意味があるかもしれない。しかし、個人のハンコは、住所にひも付いているので、引っ越しすると実印でなくなってしまう。一体どこまでの意味があるものなのか。信用性、エビデンスという意味に置いては拇印のほうがはるかに強力である。血判状みたいでビジネスの現場で拇印は似合わないであろう。

おそらく、文化的な意味合いが大きいと思う。挨拶の仕方、お辞儀の仕方に近しいのではないであろうか。その意味においては、ハンコをなくす必要はなかったのではないかと思う。

必要であったのは、ハンコのデジタル化の推進である。ハンコ不要と、ハンコのデジタル押印の許可では意味性が異なる。日本人にサインは似合わない。筆跡があるから、もしこれを採用すれば確かにエビデンスにはなる。しかし、本人を追跡しないといけないのは実印を追いかけるのと同じ負担が残る。デジタル化し、証文性を高めることが必要であろう。

閑話休題 一倉先生の言葉の意味に戻りましょう。社長として、任せていいものと、任せてはいけないものがあるといわれている。確かに、社長がお金周りで何らかの責務と役割を担う必要があるであろう。私はここで一つ疑問に感じることがある。通常の一倉先生であれば、顧客に意識が向いていたはずである。お金のことで社長に科すとしたら、お客様からの入金、この方がはるかに社長にとって確認するべきものであるように思われる。

時代柄、番頭による資金の持ち逃げはあとを絶たなかっのだと思われる。そのことで社員を責めるぐらいならば、社長として自ら管理して、そのようなことが内容にせよ。と言いたいのではないかと思う。会社のインフラも変化している中、不正の内容も変化してきている。

コンプライアンスが厳しいので、会社のお金の使いこみはかなり減っている。使い込みのような、個人の利を追求する不正よりも、会社を守るつもりで行う不正会計のほうが頻繁に起きているような気がする。会社を守るための不正は仕方がないという、宮仕え独特のゆがんだ道徳観が見え隠れする。

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